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神戸地方裁判所 平成4年(ワ)2156号 判決

原告

ザ リッツ ホテル リミテッド

右代表者

フランク ジェイ クレイン

原告

ダブリュ ビージョンソン プロパティーズ

インコーポレーテッド

右代表者

ラフス シーチャンバース

右両名訴訟代理人弁護士

松尾和子

折田忠仁

窪田英一郎

右訴訟復代理人弁護士

田中伸一郎

被告

株式会社神戸凮月堂

右代表者代表取締役

下村俊子

右訴訟代理人弁護士

三山峻司

小野昌延

右輔佐人弁理士

角田嘉宏

高石郷

主文

一  被告は、原告ザ リッツ ホテル リミテッドに対し、その経営に係る神戸市中央区港島中町六番一号所在のホテルの営業施設及び営業活動に「RITZ」(英小文字を使用する場合も含む。以下同じ。)及び「リッツ」の表示を使用してはならない。

二  被告は、原告ザ リッツ ホテル リミテッドに対し、第一項に所在するホテルの建物外装及び内装に付された「HOTEL GAUFRES RITZ」及び「ホテル ゴーフルリッツ」の表示から「RITZ」及び「リッツ」の表示を除去せよ。

三  被告は、原告ザ リッツ ホテル リミテッドに対し、第一項に所在するホテルの案内ないし宣伝のためのパンフレットその他の広告媒体物に表示された「HOTEL GAUFRES RITZ」及び「ホテル ゴーフルリッツ」の表示から「RITZ」及び「リッツ」の表示を除去せよ。

四  被告は、原告ザ リッツ ホテル リミテッドに対し、第一項に所在するホテル内で使用する紙ナプキン、マッチ箱、紙製砂糖入れ及び爪楊枝の包み紙等ホテル用の備品に表示されている「HOTEL GAUFRES RITZ」及び「ホテル ゴーフルリッツ」の表示から「RITZ」及び「リッツ」の表示を除去せよ。

五  被告は、原告ザ リッツ ホテル リミテッドに対し、商品である菓子類を入れる金属製の缶、紙製パッケージないしこれらの商品を包む際に使用する包装用紙等ホテル内で販売に供する物品に付された「HOTEL GAUFRES RITZ」及び「ホテル ゴーフルリッツ」の表示から「RITZ」及び「リッツ」の表示を除去せよ。

六  被告は、原告ザ リッツ ホテル リミテッドに対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成五年一月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

七  原告ザ リッツ ホテル リミテッドのその余の請求及び原告ダブリュ ビー ジョンソン プロパティーズ インコーポレーテッドの請求をいずれも棄却する。

八  訴訟費用は、原告ザ リッツホテル リミテッドと被告との間においては、同原告に生じた費用の三分の一と被告に生じた費用の六分の一を同原告の負担とし、その余は被告の負担とし、原告ダブリュ ビー ジョンソン プロパティーズ インコーポレーテッドと被告との間においては全部同原告の負担とする。

九  この判決第一ないし第六項は、仮に執行することができる。

ただし、被告が金六〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項ないし第五項と同旨

2  被告は、原告らに対し、各々金一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告ら

(1) 原告ザ リッツ ホテル リミテッド(以下「英国原告」という。)は、英国籍を有する法人であり、フランス共和国パリ市にある「リッツ ホテル(RITZ HOTEL)」との名称のホテルを経営している。

(2) 原告ダブリュ ビー ジョンソン プロパティーズ インコーポレーテッド(以下「米国原告」という。)は、アメリカ合衆国ジョージア州の法人であり、その一〇〇パーセント子会社である「ザ リッツ カールトン ホテル カンパニー」を通じてホテル事業を展開し、現在米国を中心に「リッツ・カールトン ホテル(RITZ―CARLTON HOTEL)」の名称で多数のホテルを経営している。

(二) 被告

被告は、本店を神戸市に置き、主に和洋菓子の製造及び卸売を業とする法人であり、平成元年三月から、神戸市中央区元町通三丁目三番一〇号において、「ホテル ゴーフル リッツ」及び「HOTEL GAUFRES RITZ」の営業表示(以下、これらの営業表示を「被告表示」という。)を使用してホテル経営を開始し、今日に至っている(以下、被告の経営するホテルを「被告ホテル」という。)。

2  原告らの営業表示の周知性

(一) 英国原告の経営するパリの「リッツ ホテル」は卓越したホテル経営者でありホテル王とも称される故セザール・リッツの総指揮の下に一八九八年に竣工したもので、設立当初から今日に至るまで世界の超一流ホテルとして不動の地位にあり、確固たる名声を獲得し続けてきた。同ホテルは内装等に贅を尽くしており、世界の王侯貴族、大富豪、有力政治家、著名作家(アーネスト・ヘミングウェイ等)、有名映画俳優等々の世界的な著名人が多数宿泊利用した(ココ・シャネルの常泊でもあった。)。同ホテルは「昼下がりの情事」、「巴里のアメリカ人」及び「雨の朝巴里に死す」の映画の舞台になり、その他にも著名な映画の舞台として、あるいはその背景の一部としてしばしば利用されており、マスコミにおいても高い評価とともに頻繁に紹介されている。

英和辞典でも「RITZ」を引けば「リッツ ホテル」またはその創立者であるセザール・リッツのことが掲載されているし、日本で発行されている世界のホテル案内の類において、その紹介または記載のないものは皆無であり、しかもほとんど例外なく格別に質の高いホテルとして最大の賛辞をもって紹介されている。我が国の旅行会社のパンフレットをみても、同ホテルに宿泊することを一つの目玉としてツアーを構成しているものがあるほどであり、現に多数の日本人が宿泊利用している。

英国原告は、日本を含めた地域において「RITZ」の表示を付した比較的高級と目される商品の通信販売活動を行なっている。

(二) 米国原告は、英国のセザール・リッツの創立にかかる「ザ リッツ ホテルズ ディベロップメントコムパニー リミテッド」から「RITZ]と「CARLTON」の名称の使用を許諾されていた「ザ リッツ カールトン(ボストン)」及び「ザ リッツ カールトン(ボストン)」から名称使用についてのライセンスを受けていた「ザ リッツ カールトン(シカゴ)」「ザ リッツ カールトン(ワシントン特別地区)」「ザ リッツ カールトン(ニューヨーク市)」の四ホテルに関するアメリカ合衆国における「RITZ―CARLTON」の商標の全権利を一九八三年に取得し、以来アメリカ合衆国の全「RITZ―CARLTON」の商標の使用とホテル業を支配している。また「RITZ」の表示がもたらす高いステータス性に着目し、一九八八年に英国原告から世界中において「RITZ」の表示に付き「RITZ―CARLTON」の形態で使用することを条件にライセンスを受け、それ以後子会社を通じてオーストラリア、香港、メキシコなどで[RITZ―CARLTON」の営業表示を用いてホテル事業を展開している。

同ホテルは、特徴的な美術コレクションを有しているほか、チェーン型超高級ホテルの代表格として常に最高の立地、最高品質の飲食、内装及び最高級のサービスを提供し続けて、現在では「リッツ・カールトン ホテル(RITZ―CARLTON HOTEL)」も世界中の人々にその名声を認識されるに至っている。なかでも「ザ リッツ・カールトン (ボストン)」は、リンドバーグ、チャーチル、ブラント、ケネディーなどの著名人、各国の国王や女王、劇作家などによりしばしば利用されたほか、ブロードウェイのミュージカル再演場所としても全米に知られるに至った。

米国原告は、アメリカ合衆国の七都市に一三の、日本を含める六つの諸外国に「リッツ・カールトン ホテル」の予約事務所を有しており、日本においては東条会館、阪神電鉄と組んで東京、大阪にそれぞれホテルを建設することを計画している。

なお、米国原告の営業表示は、「リッツ・カールトン(RITZ―CARLTON)」であるが、「リッツ(RITZ)」と「カールトン(CARLTON)」とは必ず結合されるべき必然性はないから、当該営業表示は「リッツ・カールトン(RITZ―CARLTON)」全体をもって認識されるほか英国原告所有の有名なパリのホテルの名称である「リッツ(RITZ)」の部分のみをもって略称したり、把握されたりすることが多く、その要部は「リッツ(RITZ)」であり、平成五年法律第四七号による改正前の不正競争防止法(以下「旧法」という。)一条一項一号にいう「他人ノ表示」にあたる部分は、「リッツ・カールトン(RITZ―CARLTON)」及びその略称としての「リッツ(RITZ)」である。

(三) セザール・リッツがその才能と情熱を傾倒して作り出した実値的な特徴を具体的に装備した「リッツホテル」は設立当初の経営者から英国原告に至るまでセザール・リッツの経営方針にしたがって不断の努力により運営された結果、今日の「リッツ(RITZこの名声が築き上げられ、米国原告が右表示の使用許諾を得て「リッツ・カールトン(RITZ―CARLTON)」の営業表示を使用してホテル業を展開し、さらにその名声を米国を中心とした広い地域において確実にしたものである。(以下「リッツ(RITZ)」の表示を「原告ら表示」という。)

このように英国原告の営業表示と米国原告の営業表示は、その著名性の相乗効果により昭和五〇年代後半には(遅くとも昭和六〇年初めまでには)被告の営業地域である阪神地方を含む日本全国において広く認識されるに至った。

3  被告の営業表示

被告は、被告ホテルの外装中、その正面上部に「HOTEL GAUFRES RITZ」と表示しているのを始め、ホテルの内装、ホテル内で使用する紙ナプキン、マッチ箱、紙製砂糖入れ及び爪楊枝の包み等の備品、ホテル案内、パンフレット等宣伝媒介物、商品である菓子類を入れる金属製の缶、紙製パッケージないしこれらの商品を包む際に使用する包装用紙等ホテル内で販売する物品などいたるところに「リッツ」ないし「RITZ」の文字を使用している。

4  原告ら表示と被告表示との類似性

被告表示のうち「ゴーフル(GAUFRES)」は、被告が製造、販売する洋菓子の一般名称であり、他方「リッツ(RITZ)」はセザール・リッツに淵源を有する原告らのホテルの名称として広く知られており、「ゴーフル(GAUFRES)」と「リッツ(RITZ)」は両者が常に一体として把握されるべき必然性はなく、両者を別個に把握し、呼称し、観念することもあり得るもので「ゴーフルリッツ(GAUFRES RITZ)」の表示中「リッツ(RITZ)」が重要な部分であり、要部であるといえる。

営業表示の類否は、取引の実情のもとにおいて取引者、需要者が両者の外観、呼称、または観念に基づく印象、記憶、連想等から全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するものとされており、被告表示の要部が「リッツ(RITZ)」の部分にもある以上、被告表示と原告ら表示は全体として類似であるといえる。

5  原告ら表示と被告表示との混同のおそれ

被告らが原告らの営業表示として著名な「リッツ(RITZ)」の文字を使用してホテル業を営むことにより、ホテル業の関係者、一般の利用者は、原告らが被告の営業を許諾している、あるいは、原告らと被告との間に何らかの業務提携関係が存するかのような誤解を抱き、その結果営業の主体につき混同を生ずるおそれが大である。

6  原告らの営業上の利益の侵害

原告らは、「リッツ(RITZ)」の表示から生ずるグッドウィルを自己の信用、評判を示す無形の財産権として享受する地位を有しているにもかかわらず、被告は何らの権原もなく右表示を使用して原告らに帰属すべき右利益を不当に享受し、その結果原告らに損害を与えている。

英国原告は我が国においてパリに所有する「リッツ ホテル」に関する営業活動を行っており、被告の本件行為により営業上の利益を害され、または害されるおそれがある。

米国原告は大阪でのホテル経営を計画中であり、被告の類似するホテル名称の使用により、営業主体の混同をきたし、営業上の利益を害される。

7  被告の故意、過失

原告は、平成三年八月三〇日付をもって被告に対して「リッツ(RITZ)」の営業表示の使用中止を求める警告状を発しており、被告の前記不正競争行為は、少なくとも過失に基づくものである。

8  損害

被告の不正競争行為によって原告らが被った損害(原告ら表示による原告らの営業上の信用利益の侵害による損害)を金銭に評価すると各一〇〇〇万円を下らない。これに相当因果関係ある弁護士費用は、一二六一万八八五三円を下らない。

9  よって、原告らは、被告に対し、旧法一条一項二号に基づき、請求の趣旨記載の被告行為の差止めを求めるとともに、同法一条の二、民法七〇九条に基づき、損害金各一〇〇〇万円(営業上の信用損害に対する損害各一〇〇〇万円と、弁護士費用分一二六一万八八五三円の各二分の一相当の六三〇万九四二六円の合計一六三〇万九四二六円の内金)及びこれに対する不法行為の日の後である平成五年一月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は不知。同(二)の事実は認める。

2  同2の事実は不知ないし否認する。

3  同3の事実は認める。

4  同4ないし8の各事実及び法的主張は否認ないし争う。

三  被告の主張

1  「リッツ(RITZ)」の表示の原告らの営業表示該当性について

(一) 「リッツ(RITZ)」の表示を使用したホテルは原告ら以外にも世界各地に多数存在し、その中でグレードの高いホテルは、セザール・リッツが関与したものを含め、「ホテルリッツ マドリッド」、「ホテル リッツ バルセロナ」、「リッツ インターコンチネンタル リスボア」、「ホテルリッツ ロンドン」、シカゴの「リッツ・カールトン ホテル」等が存在し、その他にもデンマークの「ホテルリッツ」、フィンランドの「リッツ ホテル」、イタリアの「ホテル リッツテルメ」、台湾の「ザ リッツ タイペイ」、インドのアムリサーとボンベイの各「リッツ ホテル」、アメリカのマイアミの「リッツ プラザ ホテル」、アカプルコの「リッツ アカプルコ」等が存在するが、これらのホテルは一つのグループを形成しているものではなく(それどころか、マドリッドの「リッツ ホテル」は「フォルテ ホテル グループ」に、リスボンの「リッツ インターコンチネンタル リスボア」は、「インターコンチネンタル ホテルグループ」に、バルセロナの「リッツホテル」は被告と同様「フサ ホテルグループ」に、ロンドンの「リッツ ホテル」は「トラファルガー ハウス グループ」に、シカゴの「リッツ・カールトンホテル」は「フォーシーズン グループ」に、というように異なる企業グループに所属している。)、異なる営業主体によってそれぞれ「リッツ(RITZ)」を含む営業表示が長年にわたり使用されているものであって、「リッツ(RITZ)」の表示だけではどの営業主体の出所を指示するのか不明である(表示の唯一性の不存在)。

またロンドンの「リッツ ホテル」の方がパリの「リッツ ホテル」よりも有名であり、マドリッドやバルセロナの「リッツ ホテル」も我が国で有名である。このように有名な「リッツホテル」は世界各地に数多く存在するから、ホテルにおける「リッツ(RITZ)」の名称は所在地名などを付加してはじめて営業表示としての識別力を有するものである。

米国原告についても「リッツ・カールトン(RITZ―CARLTON」であるが故に識別力を有するのであり、「リッツ(RITZ)」のみでは営業表示としての識別力を有しない。

(二) 「ritz」は名詞で、虚飾、見栄などといった意味で一般的に使用されており、「ritzy」はその形容詞として一般に使用されている用語であり、欧米では慣用表示化されている。

「Ritz」は、歌、小説、化粧品、映画、ビスケットの名称に用いられており、その意味はスタイルや奢侈、優雅さや壮麗、高級といった感覚を伝えようとするものである。

「Ritz」は欧米において個人の名前、企業名にも使用されている。

このように「リッツ(RITZ)」の名称はホテル営業以外の営業主体においても用いられており、単に「リッツ(RITZ)」といっただけでは指示力はない。

2  原告らの営業表示の周知性について

我が国には一流ホテルが多数存在し、「リッツ(RITZ)」なる名称について記載のある百科辞典はほとんどないこと、また原告らは日本国内において「リッツ(RITZ)」の名称を付した現実のホテルは未だ所有しておらず、英国原告は日本に予約事務所も有していないこと、米国原告においても、具体的に日本における進出計画を明らかにしていない(米国原告が阪神電鉄などにライセンスして「リッツ・カールトン」の名称で進出するとの新聞報道にはごく最近接しているが、これは被告ホテル開業後のことである)こと、加えて前述したように諸外国においては「リッツ(RITZ)」がホテル名として慣用的に多く使用されているという状況を考慮すると日本国内とりわけ著名な被告ホテルが存在する京阪神地域において「リッツ(RITZ)」が原告らのみの営業表示として確立しているとは到底言えない。

3  表示の類似性について

「ゴーフル(GAUFRES)」は、被告の主力商品に付された著名商標であって、一般名称ではない。「ゴーフルリッツ(GAUFRES RITZ)」は、「ゴーフル(GAUFRES)」と「リッツ(RITZ)」が結合する構成自体に識別性があるので、営業表示としては一体としてとらえるべきである。他方、原告らの営業表示のうち「リッツ(RITZ)」の部分のみでは識別力は弱く、前記のとおり「リッツパリ(RITZ PARIS)」「リッツ・カールトン(RITZ―CARLTON)」が原告らの営業表示というべきであるから、原告らの営業表示と被告の営業表示とは非類似である。

4  被告らの善意について

被告のホテル施設等に使用している「HOTEL GAUFRES RITZ」及び「ホテル ゴーフルリッツ」の表示はスペインのバルセロナの「ホテル リッツ バルセロナ」との提携によるものであり、原告らの表示にただ乗りする意図は全くない。

被告は、右提携の際、同ホテルのオーナーに対し、「RITZ」の表示を被告ホテルの表示中に使用することの許諾を申し出たところ、右オーナー等から「RITZ」の表示については、世界においてだれもこれを許諾する権原はないので、被告が「RITZ」の名称を使用するのに異存はないが、許諾契約等はできないとの説明を受け、ホテルの内装、建築様式などの協力を得る内容等を有する提携契約を締結したのである。また、バルセロナ・リッツの本には、セザールリッツの長男の夫人であるモニカ・リッツが同ホテルのすばらしい運営について祝意を示しており、同ホテルも間接的にはセザール・リッツと関係がありセザール・リッツの名声を損なわないホテルであるといえる。

5  先使用の抗弁

被告は、平成元年三月、神戸市において被告ホテルを開業して被告営業表示を使用するようになったが、その当時、原告らの営業表示は右の被告営業地域において周知とはなっていなかった。

6  権利行使の抗弁

被告は別紙役務商標目録記載のとおりの役務商標について、以下のとおりの商標権(以下「被告商標権」という。)を有している。

指定役務 第四二類「宿泊施設の提供、日本料理を主とする飲食物の提供、婚礼(結婚披露を含む)のための宿泊施設」

登録出願日 平成四年八月五日

出願公告日 平成六年四月一五日(商標出願公告平六―一九七〇六)

登録日 平成六年一一月三〇日

したがって、被告表示である「ホテル ゴーフルリッツ」の使用は、被告商標権の行使に基づくものである。また、権利行使としての使用は違法性を欠くものである。

被告による営業表示の使用は原告らの業務上の信用、顧客吸引力を利用する意図はなく権利濫用ではない。

また、被告は、本件役務商標の登録前よりホテル営業を独自に行い、その信用、名声は本邦特に京阪神地域において好評を博するまでになっているのに対し、原告らは被告ホテル開業時に日本国内でホテル業を行っておらず、現実の営業競争はなされていないのであって、被告標章の使用には不正競争の目的はない。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  原告ら以外の「リッツ(RITZ)」の名称を使用したホテルの存在について

(一) 被告のあげる「リッツ ホテル」は、以下のとおり、英国原告の経営する「リッツ ホテル」と同様セザール・リッツに淵源を有する独自のグッドウィルの化体した「リッツ(RITZ)」の表示に表象される名声ないし良好なイメージに負うロンドン、マドリッド等の「リッツ ホテル」である。なかに原告らとの関係のないミラノ、台北等の「リッツ ホテル」があるというが、「リッツ(RITZ)」の営業表示が多大な顧客吸引力を要するに至って、これに便乗しようとして右の表示を付したホテルを経営するものが出現することは否定できず、英国原告はかかる模倣者に対し訴訟を提起し、あるいはその使用を中止するよう交渉しているにもかかわらず、全世界から模倣を排斥することは不可能なのであり、これら無断使用者の存在が被告の「リッツ(RITZ)」の使用を正当化する根拠とはならない。

(二) ロンドンの「リッツ ホテル」は、セザール・リッツの創立にかかる「ザ リッツ ホテルズ ディベロップメント コンパニー リミテッド」が、世界中に高級かつ豪華なホテル網を確立する目的の一環として一九〇五年に開業し、その後一九七六年までは「ザ リッツ ホテル(ロンドン)リミテッド」がこれを所有していたが、一九七六年に「トラファルガーハウスインベストメンツ パブリック リミテッド」に買収されたもので、もともとセザール・リッツがアドバイザーであったホテルである。

(三) マドリッドの「リッツ ホテル」は、「ザ リッツ ホテルズディベロップメント コンパニー リミテッド」が、一九〇七年に開業し、その後英国法人「トラスト ハウスフォルテ」に買収されたが、開業以来の歴史から、英国原告は、「RITZ」の名称使用を許諾している。バルセロナの「リッツ ホテル」はマドリッドの「リッツ ホテル」から「リッツ」表示の使用を許されたものであるが、バルセロナの「リッツ ホテル」が「リッツ」の営業表示を他に使用許諾する権限はない。

(四) リスボンの「リッツ ホテル」については、新たなホテルの建設にあたって「リッツ」の営業表示を用いることを英国原告が一九五五年に許諾したものであるが、リスボンの「リッツ ホテル」においてさらに「リッツ」の使用を許諾することは禁じられていた。

(五) シカゴの「リッツ・カールトン ホテル」については、米国原告が一九八三年に全「リッツ・カールトン」の商標の使用とホテル業を取得したのに伴い、同ホテルの「リッツ・カールトン」の名称使用につきライセンサーの地位をも承継している。

(六) 「ザ リッツ タイペイ」「リッツ・プラザ ホテル」「リッツ・アカプルコ」については、いずれも原告らと何らの関係もないもので、「リッツ(RITZ)」の表示に付き使用中止を求めるべく交渉等を重ねている。

(七) ロンドン、マドリッド、バルセロナの各「リッツ ホテル」はいずれもセザール・リッツが基礎にあることを誇って宣伝しているのであり、その限度において需要者もまたこれら「リッツ ホテル」により原告らの「リッツ(RITZ)」と同じ「リッツ(RITZ)」を認識しているのである。すなわち「リッツ(RITZ)」の名称により我が国における顧客、取引者、旅行者一般にもっとも広く知られているのは、英国原告が所有するパリにある「リッツ ホテル」であり、他によく知られているロンドンの「リッツ ホテル」についても人々は同一系統のセザール・リッツの「リッツ ホテル」として認識しているのである。

バルセロナ、ロンドン、パリ、マドリッド等の地名は、サービス業を提供するホテルの所在地を示す言葉であり、これによりはじめて個別の営業主体をさすものと理解される言葉ではない。

2  「リッツ(RITZ)」の慣用表示化について

(一) 被告は「リッツ(RITZ)」の表示が欧米で慣用表示化している旨主張するが、日本国内において慣用表示であることを主張するものではなく、被告の主張は法律的に意味はない。

(二) ナビスコ社による「リッツ(RITZ)」の使用については英国原告とナビスコ社との間で一九五五年にライセンス契約が成立しており、英国原告はナビスコ社によるクラッカー等の販売につき「RITZ」の使用を許諾している。

(三) 「チャールズ オブ ザリッツ」社は化粧品の会社であるが、英国原告と同社の間にも一九九〇年に名称使用についての契約が成立しており、英国原告は同社が化粧品の類で商標を登録することを認めている。

(四) 形容詞としての「ritz」及び「ritzy」は、セザール・リッツが建設したホテルからでた言葉であって、これらの言葉が先にあってそれからパリの「リッツ ホテル」の表示が採択されたものではない。「リッツ」の表示が欧米においても日本においても慣用表示であるなどということはなく、このことは、英国原告が世界各国において商標登録を取得していることからも明らかである。

3  被告とバルセロナの「リッツ ホテル」との提携について

被告は、「リッツ(RITZ)」の表示の使用についてバルセロナの「リッツ ホテル」の所有者との提携関係を主張するが、右所有者は自ら日本においてホテルの営業表示として「リッツ(RITZ)」の使用を許諾する権限のないことを明らかにしており、また被告は同社から「リッツ(RITZ)」の表示の使用許諾を受けたものでもない。

4  先使用の抗弁等について

原告らの「リッツ(RITZ)」の営業表示は、被告がその営業表示の使用を開始する前で、被告が被告標章の出願をする以前である昭和五〇年代後半遅くとも昭和六〇年初めまでに我が国において広く知られており、被告は原告らの表示の著名性を役務商標の出願前に既に知っていたものである。

よって、被告にはその主張の先使用権はなく、また、被告商標権が有効に存続するとしても、被告商標権の行使は原告らとの関係においては正当な権利行使ではないし、違法性阻却にもならない。

被告がバルセロナの「リッツ ホテル」の所有者と業務上の業務提携をしたにすぎないにもかかわらず、この関係を強調していかにも「リッツ(RITZ)」の名称の使用が許容されるかのような印象を与えようとしていることからも、客観的に見て被告の営業表示の使用は原告らの名声に便乗するものというほかない。

第三  証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録の各記載を引用する。

(裁判長裁判官竹中省吾 裁判官小林秀和 裁判官島田佳子)

別紙役務商標目録〈省略〉

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